私達の暮らしと科学(2010年2月)
2010年2月度のビデオメッセージ
皆さん、こんにちは。今月のメッセージをお伝えしたいと思います。
最近、基礎的な学問に対するいろいろな議論がジャーナリズムでも盛んになってきまして、それ自体は大変良いことではないかと考えておりますが、基礎科学と私達の日頃の暮らしがどのように関係しているのかということは、なかなかわかりにくいものですよね。基礎科学の研究が本当に私達の役に立っているのか、あるいはいま目の前で進んでいることとどのようにつながっているのかということは、やはり数十年、あるいは数百年の時間的な視界を持たないとわかりにくいと思います。
きょうは一つの例をご紹介したいと思います。最近、フラーレン(fullerene)やカーボンナノチューブといった、炭素が構成するボール状の物質、あるいはチューブ状の物質を応用した、いろいろな新しい素材の可能性ということが盛んに注目を集めていますが、いったいどのようないきさつを経て、このようなミクロの炭素の構造物が人類に知られるようになったのかというと、その歴史は割と新しいのです。決してそんなに古いものではありません。
きっかけは1970年代に遡ります。1970年頃、電波の観測で宇宙空間にいろいろな分子が存在するということがわかってまいりました。そのような分子として、まず一酸化炭素(CO)、一硫化炭素(CS)、ホルムアルデヒド(H2CO)といった、2~4つぐらいの原子から構成される比較的、単純なものがみつかりました。
ただ、調べていくと、さらに複雑ないろいろな分子が宇宙空間に浮かんでいるということがわかりました。1976年頃の話ですが、HC5N、つまり炭素が一直線上に5個並んでいて、その両端に水素と窒素がくっついているという、かなり特異な直線状の炭素の鎖の分子が宇宙空間でみつかりました。これは大変不思議だということで、さらに炭素が長くつながった分子がないかと探していきますと、さらに10個以上の炭素がつながっている直線状分子がみつかってきました。
これは化学をやっている方々の注目も引きまして、1980年前後から、なぜ宇宙ではいままで地球上で知られていなかったような変な分子が存在できるのだろうかということで、さまざまな室内実験が試みられるようになりました。
そして、実はフラーレンの発見は、サッカーボール状のC60という分子がよく知られていますけれども、そのような星間分子の鎖を合成する実験のなかから、その存在がわかってきました。もし、それがなければ、炭素をいろいろと弄る実験をやってみようということにはならなかったのではないかと思います。つまり、1970年代の宇宙空間における、本当にその時代には何の役に立つのかまったく予見できない、好奇心に駆られた宇宙の探求がきっかけになって、現在のカーボンナノチューブ等の研究開発は口火を切ったということなのです。本当に自然界、そして宇宙は奥深いものだと思います。
振り返ってみますと、私達人類は宇宙から本当に多くのことを学んできています。そして、それを実際に私達の日常生活でいろいろ活用していますが、活用している現時点で、その起源を数百年遡って理解している方はそれほど多くはないのではないかと思います。このような自然の謎に満ちた奥深い振る舞いを理解し、ベールを剥いでいくことによって、現在の私達人類の暮らしは成り立っています。ときにこのような科学の歴史に目を向けてみることも非常に大切なことではないかと思います。
きょうのメッセージをおしまいとさせていただきます。