水素原子の新たな発見(2014年11月)
2014年11月度のビデオメッセージ
皆さん、こんにちは。今月のメッセージをお伝えしたいと思います。
いまを遡ること半世紀以上前の1951年に、人類は初めて宇宙空間に漂う水素原子が出す波長21cmの電波の観測に成功しました。これは宇宙を研究するうえでエポックメイキングな、大変重要な発見でした。
ご存じのように、宇宙には水素、ヘリウムを初めとするいろいろな元素がありますけれども、そのなかでも水素が群を抜いて多く、個数でいって90%程度は水素が占めています。例えば太陽というガスのボールも実は大部分が水素からできています。水素はビッグバンの直後、宇宙に大量に供給されたわけですが、星間空間をガスとして浮遊する水素原子の存在を初めて人間が目の当たりにしたのが、1951年でした。
実はことしの11月、つまり今月、この水素原子の測定に関する新しい論文を、私達名古屋大学のグループは出版いたします。この新しい論文は、ある意味で教科書を書き換える提案を含んでいます。教科書には「水素原子はほとんどお互いに重なりがない」と書いてあります。つまり、ある方向をみると水素原子のすべてがみえているということです。また、教科書には「水素原子が出した電波全部が水素原子の総量に比例すると考えて水素の量は計算できる」と書かれています。これを専門的には「光学的に薄い」というふうに呼んでいますが、我々は昨年来から一年近く研究してまいりまして、これがどうも違うのではないかということに気が付きました。
ポイントになったのは、宇宙背景放射を観測する「プランク」という衛星です。「プランク」は非常に精度良く、重たい元素でできている宇宙の塵の放射を観測しました。宇宙の重元素の量は、いろいろな方向で、ほとんど水素と比例関係にあるはずです。つまり、宇宙空間では超新星爆発でどんどん重元素ができるわけですが、そのようにできた重元素は非常にきれいに水素と比例関係にあるということです。しかし、「プランク」が計った塵の量と水素の電波の強さを我々が綿密に比較してみると、ほとんどの場所で実は塵の量と水素の量、あるいは水素の電波の強度の比例関係は大きく崩れていました。
これが何を意味するかというと、「水素原子のすべてがみえている」という仮定が明らかに間違っているということです。かなりの場所で水素原子がお互いに重なり合って、お互いにお互いを隠し合っています。これを「光学的に厚い状態」といいますけれども、そのために完全には水素原子の電波の強度が水素原子の総量に比例しません。むしろファクターでいって×2程度、我々がいままで実際に考えていた値よりも2倍程度、水素原子はたくさんあり、お互いがお互いを隠していたために半分ぐらいに過少評価していたということを指摘しています。
このような論文を、我々は今月、世界に先駆けて発表します。このことの意味は大変大きく、いろいろな方面に影響を与えるはずです。例えば宇宙線の量一つをとってみましょう。宇宙線の量は、エネルギーの高いガンマ線の放射の強さから説明されます。ガンマ線は宇宙線陽子と宇宙空間の水素原子が衝突することによって作られますが、片一方の反応粒子の量が半分に減る、あるいは2倍になります。この場合は2倍になるわけですが、2倍になると、実は宇宙線の量は2分の1でいいことになります。つまり、いままで考えられていた半分程度の強度で、宇宙線の量は十分に説明ができます。
そのような帰結も含めて、これから天文学の教科書を大幅に書き換えていく必要がある発見になっているのではないかと、いま我々は考えています。これから向こう2、3年の研究で、我々の手でその波及効果を確認していこうと考えています。
今月のメッセージとさせていただきます。どうも皆さん、ありがとうございました。